2008-03-24

311 あ~あ、負けちまった 25-03-2008(火)

 先週のスペインプロサッカ-一次リ-グのある試合で負けた方のホ-ムのファンが客席から相手チ-ムのゴ-ルキ-パ-目掛けてペットボトルを投げつけ見事頭に命中し大怪我。即逮捕され、ホ-ムチ-ムも2試合試合開催禁止の裁定が下された。さぞかしいい迷惑だろう。 
 そして、先週土曜日から始まった選抜高校野球。筆者の母校も出場したが、今回は早々と初戦敗退。昨年一昨年のチ-ムよりかなり小振りな感じだったので、ま、今年はこれが順当だったのかも知れない。
 ところで、他校の試合だが、何故か二日目第二試合のあっけないセンタ-のサヨナラ落球が印象に残る。地方大会でノ-エラ-の選手がよりによって晴れの大舞台、しかも、延長十回の裏の肝心な場面で何の変哲もないフライをお手玉してサヨナラ負け。その場で泣き崩れ、チームメイトに抱き抱えられてやっと整列。球場全体からは暖かい拍手。
 安っぽいその場限りの同情・・・とは筆者は思わない。これがプロ野球なら“どこ見とんねん、ボケ!!”“それでもプロか”と監督からもファンからもなじられ、二軍落ちで落とし前をつけなければならない厳しい世界かも知れないし、プロならむしろそれが当然だろう。それでは高校野球は甘いのだろうか?

 憐れみは裁きに向かって勝ち誇る。-----或る昔の偉い人

 例え正当な理由があっても勝ち誇ることはしばしば謙遜の正反対の意味であるとすれば鼻持ちならない態度には違いないと筆者は思います。しかし、裁きに向かって勝ち誇る憐れみについてなら話は別です。勝ち誇ることは裁くこと。そして、目には目を、裁きには裁きをではなく、憐れみこそが真の意味で唯一裁きに勝ち誇れるものだとすれば、これこそ人間が失ってはいけない人間の証かも知れません。
 甘かろうが、厳しかろうが、憐れみの情が感じられるなら、スポ-ツであれ何であれ人間味の香りがすることでしょう。そして、これこそ表面的な勝ち負けを超えた人生のあるべき本質かも知れません。

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