2009-04-20

341 いい感じなら良いギタ- 21-04-2009(火)

 いい感じと言われても(先週のコルムナ)、良いギタ-と同じで極めて掴み所のない命題に違いはありません。
 しかし、先々週の高校野球の監督さんの様に、一見掴み所のある見かけより、実は掴み所のないいい感じが答えであるなら、それは当然総てのスポ-ツにも、そして、楽器の演奏にも、そして、楽器の品定めにも同じく共通する掴み所のない、しかし、確かな答えであるはずです。
 掴んでみましょう。 
 もう28年前、筆者が大学6年生を休学してグラナダに2回目の滞在の時、フラメンコギタ-を勉強しているある外国人のコンサ-トがありました。日本的に言えば発表会ですが、スペイン語にはこのことばがないので、総てコンサ-トなる名称になってしまいます。
 その時は『さすがは・・・・先生門下、上手いなあ』としか思いませんでしたが、4年後にもう一度聴くと、極めて下手でした。ある別の人に『そりゃあ、君の耳が肥えたからであって、あの人は以前と何も変わっちゃあいないよ』と言われました。
 最初いい感じだったものの、悪い感じに変わってしまったと言う訳ですね。第一印象のいい人も、段々メッキが剥げて来ることにも通じるでしょうか。
 まず、良いギタ-を利くこのいい感じも徐々に進化すべきであることを念頭に置いて、更にこの言葉になり難いいい感じをことばにして行きましょう。
 

2009-04-14

366 ここまでやるか逆転の発想!? 14-04-2009(火)

 筆者がほぼ毎日朝食を取る何の変哲もないBar(コルムナ318)。先日もいつもの様にスタンドでコーヒーとトーストの一番安いコースを食べていると、近くで飲食店を営むご近所が『やられた~』とか言いながら入って来た。昨夜泥棒に入られて、レジ丸ごと持って行かれたそうである。
 大不況下の中、こんなことは今日スペインでは普通の悪事なので筆者は大して驚かなかったが、カウンタ-の中に居た30年来のマスタ-の返すことばに、久々にスペインを満喫した。
 閉店の際、レジには小銭だけ入れといて、一晩中開けっ放しにしときゃあ、泥棒も諦めて持って行きゃあせんし、レジを壊されることもない。
 な、な~るほど。見事に泥棒の心理の逆を突いた活きた生活の知恵だ。来月でスペイン来訪30年の筆者もここまでは読めなかった。まだまだ甘い。

 我も黄金(こがね)の釘一つ打つ。-----或る昔の偉い人

 古くからの読者はご存知かも知れませんが、2004年は逆転の発想をテ-マにコルムナを書きました(コルムナ91~)。筆者は当時も5年後の今も人間とは基本的に身勝手な存在だから、身勝手な世の流れの逆を突けば大体人生正解だと確信を持っています。確かにそうですが、やはり経験者の一歩踏み込んだ逆転の発想の説得力には参りました。上には上がいるものです。
 もっとも、それもこれもスペイン社会に悪が蔓延しているからこそのそれなりの生活の知恵です。そう言えば、スペインの街を歩くと分かりますが、一軒家やアパ-トの一、二階の窓が鉄格子入りで、日本人の目を惹くかなり頑丈な作りなのは昔から泥棒が多いからです。
 それなりの生活の知恵は大いに結構ですが、それが負の要素に起因しているなら、何か肝心なことが丸っきり欠けている様な気がしますね。
 もう少しまともなことで黄金の釘一つ打ちたいものです。そうでなければ世の中まともにはなりません。
 

340 良いギタ-もいい感じ 11-04 -2009(火)

 実は一昨日昨日と風邪で体調を崩し、今週はちょっと更新が遅れました。他人が風邪をひけば『たかが風邪位』と思うのが人の常ですが、立っていることもおぼつかず、悪寒がして、食欲はなし。体に力が入らず、もちろん、ギタ-どころではありません。確かに、これでは野球の試合には勝てないはずです(先週のコルムナ)。
 さて、引き続き良いギタ-とは何かについてコルムナして行きましょう。
 良いギタ-なら当然、先週の高校野球の監督さんではありませんが、いい感じのギタ-のはずです。
 いい感じとはどんな感じでしょう? 中々言葉になり難いことをコルムナ320から述べている訳ですが、来週からもう少し続けてあれこれコルムナしてみましょう。
 今週は体調不良に付きこれでお終い。また来週。お休みなさい。

2009-04-06

365 イ-スタ-がどうかしたのか!? 07-04-2009(火)

 欧米社会は今週イ-スタ-の真っ最中。
 ところで、イ-スタ-とは何か、読者の中で一体何人の人が知っているだろうか? プロ野球二軍のリ-グ戦だと思っている日本人もかなり多いとか昔どこかの本に書いてあったのを思い出す。
 もっとも、それはカトリック国のスペイン人も大差はない。一応キリスト様の復活祭のことだろう位はお題目程度に知ってはいる様だが・・・。
 要するに急に信者になって、生まれたら葬式までお世話になる檀家の地元カトリック教会から年に一度キリスト様の御神体を担ぎ出して街を練り歩いてバカ騒ぎ。関連産業と観光地もこれで潤えば世界は一家、人類は皆兄弟。
 確かに今年は世界的大不況の煽りで地元グラナダ市のホテルも満杯になってはいない様だが、それでも既に先週末から街を歩く人は明らかに他の地方のスペイン人や外人旅行者が目立つ。
 結局日本の神社の神輿と理屈は何も違はない。終わったら飲めや歌えやの宴会も以下同文。ましてや、それが観光収入になるのだから正に麗しき政教一致。しかも、日本の村祭りなら一日で終わるが、カトリック社会では日曜から日曜の計8日間毎日お神輿。なるほど、祭りは長い方がビジネスになる。

 私は貴方の行いを知っている。貴方は生きているとされているが、実は死んでいる。-----或る昔の偉い人

 何のことはない。結局キリスト様の復活をお祝いするどころか、キリスト様を出汁に神輿を楽しんでいるだけです。この国ではキリスト様の復活など、実質ほとんど誰も信じていないので、形骸化観光化する方がむしろ当たり前ですが、何故か筆者には大東亜共栄圏の美辞麗句が思い起こされて来ます。
 東アジア諸国が団結して共存共栄しよう大東亜共栄圏。何と素晴らしいこの美辞麗句が大東亜戦争の大義名分だったとすれば、友人、夫婦、共同経営、投資話、お見合いの相手を褒める仲人さん・・・。その美辞麗句の厚化粧の下の地顔を見抜かなければ、国土は焦土と化し、最後は原爆二発食らわされても不思議ではありません。
 宗教も同じこと。お祭り期間中のよそ行きではなく、普段着の行いが生きているか死んでいるかこそが正念場です。
 まだイ-スタンリ-グの方が罪がなかったりして!?

339 良いギタ-も選抜甲子園で一服 07-04-2009(火)

 筆者の母校は2回戦でボロ負け。こんな事情もあった様です。
 さて、野球もギタ-も、あらゆるスポ-ツもあらゆる楽器もある意味理屈は皆同じ。選抜甲子園大会前にこんな記事が目に留まりました。
 ちょっと解り辛い文章ですが、要するにこの監督さんは『フォ-ムや理論に捕らわれず、いい感じを掴むことが大切だ』と指導している訳ですね。昔からの読者は気付いたかも知れませんが、思わずスペインギタ-週間コルムナと全く同じじゃないかと思った次第です。
 もっとも、指だけがいい感じと言うことはあり得ません。気分がいいからスキップしたくなるのであって、足自体の気分の問題ではない様に、やはり、歌心がいい感じにならなければ指もいい感じにはなりません。そして、そのいい感じの時のフォ-ムが一番いい感じのフォ-ムになっているのです。決して、外見のフォ-ムが良くなったから指がいい感じになる訳ではありません。そう言うこともあるでしょうが、基本的にはこの監督さんの言う様に、まずはいい感じ有りき。フォ-ムは後から付いて来ます。
 来週からまた根底に歌心有りきで良いギタ-についてコルムナして行きましょう。

2009-03-30

364 ひまわりの150倍 31-03-2009(火)

 先日筆者の知り合いが亡くなった。享年65歳。ちょっと早過ぎた感は否めない。
 恋愛結婚した当時は公務員。独立志向の強い人で、ほどなく自ら公務員を辞めて自営業で独立。もう40年以上前の話だが、今流に言えば脱サラ起業の成功例だったのだろう。結婚した長男が後を継ぎ、財産も残し、家も新築し、経営も順調な矢先に末期ガン発見。孫がいたかどうか筆者は知らない。
 良くある話と言えばそれまでのことだが、筆者も結構付き合いのあった人なので、筆者自身こうしてコルムナを書きながらも残念である。
 こんな時、自然と筆者には以前自ら書いたスペインのひまわりのコルムナが思い出されて来る(コルムナ9&10)。

 一粒の麦地に落ちて死なずば唯一つにてあらん。死なば多くの実を結ぶべし。-----或る昔の偉い人

 ひまわりの一生が半年。人生が75年とすれば、人の一生はひまわりの周期の150倍遅く移り変わっているだけで、実はその大まかな過程に大差はありません。150倍遅い分だけ人はその人生のはかなさに気付かないのです。筆者はつくづくそう思います。この様な人の死に際しては特にそう思います。
 だからこそ、一粒のひまわりの種を後生大事に死なせず、面白おかしく自分とせいぜい家族のためだけに生きるのか。一粒のひまわりの種が地中に死ぬからこそ何十倍の実を隣人のために生ずるのか・・・。
 多くの場合自らの信念や確信が実は見てくれのいい自我だったと言うことは大いにあり得る話でしょう。いえ、確かに誰でも自我より他人の利益を優先するなどそう簡単に出来ることではありません。確かに難しい問題です。しかし、これが実を結ぶか結ばないかの分岐点であることを知ることは有意義なことです。
 どんな人でも初七日位までは悪くは言われないでしょう。しかし、人の本当の真価はある意味存命中より死後の評価だとも言えます。生前に咲かせた花ではなく、一粒の種子として死んだ後の実に拠ってです。
 読者も一度スペインの夏の風物詩2つを観に来て下さい。辺り一面のひまわり畑、そして、半袖から何で脚がと一瞬見間違えるスペインのおばさんの逞しい上腕!?

338 良い単板ギタ-は素材で量産か手工か(4) 31-03-2009(火)

 それでもギタ-は木工の生物ですから出来不出来はあります。それは自然乾燥の木材を用いた手工ギタ-でも同じこと。日本でも有名なあるスペイン人製作家は一度に4本製作して出来のいい2本とそうでもない2本に分け、それぞれ一本ずつ計2本を日本に送るとか・・・。
 確かに名工も何本に一本かは外れで、無名工でも量産ギタ-でも何本に一本かは当りが出ます。それを見極めることもまたギタ-選択の面白さと言えます。
 そして、比較すれば確かにハズレの手工ギタ-に勝る当りの量産ギタ-もあるでしょう。
 しかし、どんな当りの量産ギタ-でも手工ギタ-に音質と音色で今一劣ります。それは余りに今一であるが故にある人には知覚し難く、また、ある人には歴然とした今一かも知れません。
 たかが今一、されど今一。しかし、この今一は、素材がそれぞれ機械乾燥と自然乾燥の木材である以上、永遠に詰めることの出来ない今一であると筆者は思います。
 やはり、自然が一番、自然のものには人工的に手を加えないのが一番です。やはり、量産ギタ-より手工ギタ-なのです。音色も価格も!?