2009-11-09

396 スペインの病院 10-11-2009(火)

 もう無事終わったことだから書くことにするが・・・。
 筆者は9月初旬に右手小指付け根外側辺りに小さな傷を負った。放っておけば直ると思っていたが、20日過ぎに何かの弾みにぶつけたのをきっかけに傷口が膨らみ始め、かなりの大きさになったので9月30日病院に行った。筆者はそう簡単に病院に行く人間ではないので、これは余程酷かったと思ってもらっていい。実際病院は10年ぶりだったと思う。
 こちらの病院は幼児洗礼から葬式までのカトリック教会と同じく檀家制度で、この地区の住人はどこの病院に行くとの指定国立病院が決まっている。そこにまず地区担当医と言うのが居て、大体の症状を見て、軽度ならそこで治療するが、手に負えなければ別の病院の専門医に回すシステムになっている。つまり、日本の様に保険書片手に好きな病院に行ける訳ではない。甚だ不便だが、その代わり医療費は一切無料であり、日本の病院の様に会計窓口が無い。
 無料ならいいじゃないかと思うのは極めて軽率で、筆者の場合も見た目の仰々しい腫瘍にも拘わらず、良性だと言うことでそこでは何もしてもらえず、11月24日どこそこの病院で手術との予約をもらってお終い。包帯は巻いてくれたが、腫瘍は一週間後には遂に小指の半分ほどの大きさになり、動かす度に痛いの何の。ただ、見た目の割りに根元がかなり細くなっていたことに気付いたので、10月15日位に勝手に自分でハサミで手術した!? 痛みも出血も無く無事終了。毎日しっかりアルコ-ルで消毒してヨ-ドチンキを塗って、今週はもうほとんど傷跡も無くなった。
 と言う訳で、この国ではちょっと金銭的に余裕のあるスペイン人は個人の疾病保険に入っている。こうすればいざと言う時、保険会社指定の私立病院で余り待たずに診てもらえると言う訳だ。

 もしどうしても誇る必要があるなら私は自分の弱さを誇りましょう。-----或る昔の偉い人 
 
 いや~、こう言う怪我をすれば日本の医療システムの素晴らしさが実感出来ます。日本なら2日で終わったところでしょうが、スペインでは2ヶ月!? 少々自己負担でもとっとと終わった方がいいと言う発想はスペイン人にはない様です。
 それにしても今回久し振りに病院に行く羽目になって健康の有難さと将来への不安を感じました。そして、分かってはいたことですが、スペインの非能率さが身に沁みました。そして、もう決して若くもなければ、ましてや今回の腫瘍に限らず肉体的にもあちこちガタついて、むしろ、弱いことも再認識させられました。
 この丸っきり不可解な弱さを誇るとは一体どう言うことでしょうか?
 毎週毎週コルムナで取り上げざるを得ない人間様のバかさ加減。それは勘違いして愚かにも自らの強さを誇った当然の結果とその報いと言えなくはないとすれば、この自らの弱さを誇ることこそ人生多くの問題の真の解決の秘訣であり、そして、これこそ知恵の初めと言える直感がします。

370 ギタ-はハンドメイド・・・か?(1) 10-11-2009(火)

 それなら、製作家がこつこつ作る手工ギタ-は手工で、ギタ-メ-カ-(量産工場)の量産ギタ-は量産であり、手工ではないのでしょうか(先週のコルムナ)!?
 こう言う書き方をすると、またまた頭が混乱して来る読者がいる・・・ことを前提に敢えてこう言う表現をしてみました。
 論より証拠。スペインのギタ-ショップで〝これはハンドメイドですか?〟と訊けば、疑いもなく〝はいそうです〟との答えが返って来ます、5万円でも50万円でも!?
 まず、こう訊く方にも問題があります。これはおぼろげながらにもギタ-には高級手工品と量産品があることを知っている人がおぼろげながらにする質問ですが、それじゃあ逆に、ハンドメイドじゃなければギタ-は一体どうやって作られるのかと筆者が訊きたい位です。読者はどうでしょうか?
 おそらく、ハンドメイドでなければ手工ではなく量産。量産と言うことは、オ-トメ-ション化されて、機械に材木を入れればすぐにでもギタ-が出て来る・・・のではないギタ-がハンドメイドのギタ-だと思っているから、こんな質問をするのではないでしょうか、5万円のギタ-にでも!?
 5万円、いや、25万円以下のギタ-を前にしてにこんな質問をすると足元をじろじろ見られます(続く)。

2009-11-02

395 コケた本末転倒 03-11-2009(火)

 政治家が景気テコ入れに必ずしも必要ない公共事業を思い付くのは万国共通らしい。
 地元グラナダ市内を流れるヘニール川(Rio Genil)横の並木道の歩道改修工事がそれだ。この写真の右上の見えない箇所だが・・・。
 不況に喘ぐ地元業者に無理矢理仕事を与えるのが目的の本当はやらなくてもいい工事、だと皆が分かってやっている工事。しかし、それで金が回って少しでも経済が活性化すればやりがいはあると言うもの。国民に現ナマをばら撒いて無理矢理使えと言うよりは幾分上品かも知れない。
 ところが、並木道の足元に敷き詰めた平石が中国産であることが判明。参入業者はただただ自社の利益を考えて地元グラナダ産(結構郊外に石切り場がある)ではなく、ただただ安い中国産を使ったらしい。原材料費を抑えることはビジネスの鉄則とは言え、地元産業振興が目的の公共事業で結局中国の産業振興とは何事だ、どうのこうの・・・。と、先週地元マスコミを結構賑わせた。
 もっとも、だから地元製品使用を義務付ける法令は一切無く、結局うやむやの内にうやむやに立ち消えになってしまった。

 自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。-----或る昔の偉い人

 もし平均税率が30%ならそれはある意味30%の共産主義、40%なら40%の共産主義・・・。税金とは皆のために使うものだとすれば、例え金銭資本主義社会でもこんな共産主義の定義が成り立つと筆者は常々思っています。
 しかし、民主主義の精神なくして民主主義が成り立つはずもなく、共産主義の精神なくしてソ連東欧で崩壊したのが資本主義の敵のいわゆる共産主義です。 
 しかし、そんな大それたイデオロギ-闘争しなくても、もっと身近で、お互い自己中心に振舞えば立ち行かないのが人間関係で夫婦関係でしょう。
 他人より自分を顧みる・・・。そんな人間性本末転倒では自己中の性根が垣間見え過ぎてむしろコケるのが当たり前!? 結局は中国人漁夫の利!? 結局それが回り回って中国の軍事予算になる!? 尖閣諸島以外は友愛の海!? 自己中に国境なし・・・。 

369 ギタ-メ-カ-は量産か手工か? 03-11-2009(火)

まず、ギタ-メ-カ-とは日本語的な響きから言えばギタ-の量産工場であり、生産台数の限られた個人製作家のことではないと定義しました(先週のコルムナ)。 
 ここで初めてギタ-には量産ギタ-と製作家がコツコツ作る手工ギタ-があることに気付いた読者こそギタ-メ-カ-なることばの意味をしっかり把握していなかったと言えます。
 確かに訳せばギタ-メ-カ-とはギタ-を作るのですから、広い意味で量産工場も個人製作家もギタ-メ-カ-ですが、しっかり区別を付けるためにも、ギタ-メ-カ-とは量産ギタ-を量産するギタ-メ-カ-のことで、手工ギタ-はギタ-メ-カ-では作られず、個人製作家が地道に作るものだと定義しましょう。
 機械メ-カ-、部品メ-カ-など、メ-カ-と言えば大量生産のイメージです。ギタ-メ-カ-も、少なくとも日本語ではそう捕らえましょう。
 水を飲むだけなら中国製の安物コップメ-カ-の百円のコップも陶芸家の名工の作品も同じかも知れませんが、そこに至る労力、時間、過程、品質、経験、品質など、正にギタ-メ-カ-と個人製作家の違いも同様に歴然としています。
 これを両者共ギタ-メ-カ-と呼ぶから混乱します。しかし、あえてこの曖昧なギタ-メ-カ-なることばを曖昧に保つことによって安物も高く付加価値を付けて売れなくはないことは読者も想像が付くでしょう。
 もし読者が〝有名なギタ-メ-カ-です〟などと言われたら、量産ですか、手工ですかとこの曖昧さを断ち切る質問をすることです。量産ギタ-を手工ギタ-並みの料金で買わされたくなければ、その意義はあります。

2009-10-26

394 たまには日本の話題でコルムナか!? 27-10-2009(火)

 一昨日の野村監督の〝人間何を残すか。人を残すのが一番〟には驚いた。余りにスペイン週間コルムナと似ていたので正直驚いた。
 昔からの読者はご存知の様に、スペイン週間コルムナの基本メッセ-ジは人間が人間である以上何はさておき人間性。人間性の良し悪しに比例して世の中は良くも悪くもなる。そして、世の中加速度的に悪くなっている・・・。たまにはいいことも書きたいところだが、世の中毎週その反例で満ち溢れている・・・。それならこれを反面教師に何か逆転の一発をと言うのがスペイン週間コルムナだと言えるのかも知れない。
 筆者が物心着いた頃、セリーグ9連覇中の川上巨人の日本シリ-ズでの相手はキャッチャ-野村のパリ-グ南海ホ-クスしか記憶に無い。
 小学館の〝学習(まだこんな本はあるのか?)〟でペナントレ-スで同じ数のホームランを打ってホームラン王になった王貞治と野村監督が仲良く並んでツ-ショット。今では信じられないかも知れないが、筆者の幼少期にはこんなことが起こっていたのだ。

 人が変らなければ社会は変わらない。-----或る昔の偉い人

 細部まで目を通した訳でも何でもありませんが、金や物やシステムや技術ではなく、人を残すと言うところに共感を覚えます。
 人類創世期から21世紀に至るまで、人が人であれば社会は丸く収まり、人が人でなくなれば社会は荒廃します。これは摂理です。
 金や物やシステムや技術もそれだけでは血が通いません。人間性が伴えば金や物やシステムや技術も真に生きて来ます。ただそれだけのことです。

368 ギタ-メ-カ-とは? 27-10-2009(火)

 訳せば〝ギタ-を作る人〟ですから、ギタ-製作者、日本語的にはギタ-製作家の方が訳語としてはしっくり来ます。つまり、個人製作家となりますが、いわゆる日本語のメ-カ-なら製造業を意味するので、どちらかと言えばギタ-製造業社と捉える方が日本人的感覚かも知れません。
 と言うか、読者も含めてこの区別がついていないギタ-愛好家が圧倒的大多数ではないかと思います。
 まず、いかなるギタ-メ-カ-もギタ-を作ることには違いないとすれば、ギタ-は一体誰が作るのか、どうやって作るのか・・・、と言った基礎知識から始めなければなりません。確かにあれもこれも総てひっくるめてギタ-メ-カ-と呼ぶには無理がありますし、世の多くのギタ-店は逆にこの曖昧さを利用してギタ-を販売していると言えなくもありません。
 これは有名なギタ-メーカーです~、とか!? もちろん、有名なギタ-メ-カ-だからこそ企業努力を怠らない量産工場もあるでしょうが、現在はむしろ有名だからこそ丸ごと中国製ギタ-で、ラベルだけ本物のスペインの有名ギタ-メ-カ-が増えて来ています。
 まず、この様にギタ-メ-カ-とはギタ-の量産工場であり、生産台数の限られた個人製作家のことではないと定義しましょう(続く)。 

2009-10-19

393 スペインの保険金詐欺 20-10-2009(火)

 日本も経済不況で大変だとは思うが、もし読者が失業したら一体まず何を最初に思い付くだろう?
〝仕事捜しに決まっている 〟本当に日本の常識は世界の非常識だと思う!?  
 先週のニュ-スに拠れば、スペインでは厳しい経済状況の中、自作自演の保険金詐欺の摘発が急増している。空き巣に入られたことにしよ~っと、勝手に火をつけて火事になったので金くれや、などなど。バレれば罰金~懲役2年の実刑が刑法の規定らしい。
 これとは別口だが、スペインでは体の不自由な高齢者の家族がいる場合助成金が出る。そこで、普段は施設に居る年老いた両親を昼間は家に居させ、夜は施設に返して助成金をせしめる詐欺も急増していると同じ日の他新聞記事に書いてあった。
 しかし、世界を見渡せば、この様にあの手この手で空想話をでっち上げ、ない所から無理矢理せしめるのがむしろ常識の国の方が圧倒的に多いらしい。
 スペインを初めラテン系の国の税法は国民が頭から税務署を騙すのを前提にしていると以前聞いたことがある。おそらく古代ロ-マ帝国時代からの名残なのだろうが、三つ子の魂百までどころか、遺伝して2000年経っても魂も性根も何も変っていないとすれば、これは怖ろしいことだ。
 いや、むしろ2000年経っても何ら変らないからこそ性根と言うのだろう。だったら、何人摘発され様が、バレ様が、今後不況が厳しくなるに連れこうした詐欺はますます増加の一途と相場も性根も決まっている。何ヶ月か前のイタリアのレストランぼったくり事件など、イタリアでは大昔から行われて来たことがたまたま発覚したに過ぎない。大体イタリアに限らず、世界の第三世界の観光地のいかにも旅行者が行きそうないい場所のレストランなど、頭から旅行者用別料金メニュ-を堂々と持って来て何ら良心の咎めのない二重価格がむしろ常識だ。スペインも!?
 今でもドイツ人から〝今度は日本とドイツだけでイタ公抜きに戦争しよう〟と言われるのは半分冗談だが、半分は本気なのだ。
 日本でもこの手の悪党はいるが、大体はヨタもんだろう。しかし、スペインの場合、広く一般市民までこれをやるから今回の様なニュ-スになる。

 富を得ようと苦労してはならない。自分の悟りによってこれをやめよ。-----或る昔の偉い人

 何故かスペイン週間コルムナの最初に登場してもらったとんでもおばさんを思い出しました(コルムナ3)。
 悟りによってやめなければ、無理矢理やめるハメに陥りるのは万国共通。幸いこのおばさんは旧家の厳しい躾の中で育ち、お母さんは何とかの師匠さんで、その昔文部省の国語の教科書にも載った人だったそうです(本人談)。水商売で道を踏み外したのも拘わらず、バブルでぶっ潰れた他の飲み屋のママさん達の様に売春ではなく、極貧に甘んじて九死に一生と生活保護を得たのは、正に三つ子の魂だったと筆者は見ます。
 人生一体何を得ようと苦労すべきか・・・。悟りが無ければ思い付きさえしない命題ですね。首が回らなくなって、身代を食い潰して、詐欺で捕まって、未婚の母になって・・・、多くの人は初めて自らのバカさ加減を悟るのかも知れません。
 三つ子の魂さえしっかりしていれば、いざと言う時良心のブレ-キがかかる大人にはなるはずだとすれば、嘘は嘘、ドロボ-はドロボ-、日本人は黒髪だと単純明快な真理を三つ子から教えてやればいいだけの話です。真理を好んで捻じ曲げる親の三つ子の魂がひん曲がり、ひん曲がった現代社会は詐欺社会になるのがむしろ不自然の成り行きとは言え、とんでもない時代になったものです。