2008-07-28

329 利か美か、天罰か!? 29-07-2008(火)

 先日活字で目にした『株の売買に利はあっても美はない』の一句。久々に、これは短いが真理をズバッと衝いた名文句だと思った次第である。
 利か美か? 一概に線引きして対極に分けてしまうのも知恵があるとは言えないし、ここはやはり両者の共通項を捜すのが当たり障りがないとは思うが、人に拠って利と美についての概念が違うとすれば、これは定義するには少々厄介である。民主主義社会でお決まりの『色んな意見があっていいじゃないですか』でうやむやに終わっても不思議はない。
 こう言う面倒臭い時こそ一つ反例を証明すればそれで総てなし崩せる背理法ほど便利なものはない。
 先週第二審も有罪となった日本が世界に誇る妖怪株券小僧。敢えて言えば利の美学、いや利こそ美学に則った上での銭ゲバ妖怪にすれば至極当然の言動だったのだろうが、それが当りかハズレかはこの蛭ズ族の咲かせた花ではなく実によって思い知らされたのは当の本人ではなく株主達だったと言う顛末が、いくら同類項とは言え皮肉であり、金に目が眩んだ同類項故の当然の報いだったのかも知れない。それを今後司法がどう判決を下そうが、もはやそれは美とは何かと言う命題の前には全く無意味な敗戦処理でしかない。

 少しの愚かさは知恵や栄誉よりも重い。-----或る昔の偉い人  
 
 大体移り変わるものに普遍の価値観を求めることが愚かだとすれば、大の大人が絶えず変動して推移して行く株価に一喜一憂すること自体人としての価値観がボケ老人なのです。
 ボケ老人も自分で足腰が立つ内はまだいいですが、寝た切りにでもなれば周囲にも国にも介護保険でもっと迷惑をかけます。
 先週もまた大手建設会社が倒産。ユ-ロ導入以来各業界ともいい気になって価格を吊り上げ、遂にバブルが弾け始めたスペイン経済があっと言う間に重傷介護患者に落ちぶれるのもあっと言う間の時間の問題かも知れません(先週のコルムナ)。
利か美か・・・。どんなに利を得ても、そこに美が伴わなければ、それは醜く、ブスで、醜態を晒し、悪臭を放ち、最後は人様に不快感しか与えません。美が伴わない利の話です・・・。
 そう言えば『美しい日本』とか言うことばがありました。ことばとしては『金満日本』より遥かに響きはいいのですが、もう伝説になってしまったのでしょうか?

303 アルペジオにおける右手各指の独立性:補足(2) 29-07-2008(火)

 故マヌエル・カ-ノ先生の教えを参考にもう少しアルペジオを考えてみましょう。
 師曰く『最後をしっかり締める』こと。これはある楽曲中のスケ-ルについて、つまり、そのスケ-ルの最後を曖昧にせず、しっかり弾き切る様にとのアドバイスでしたが、筆者はその後これを拡大解釈してありとあらゆる場合に適応することにしています。そうすると意外と上手く行くことが多いのです。
 アルペジオもそうです。pimの3連アルペジオなら最後のm、pimaの4連アルペジオなら最後のa、pimamiの6連アルペジオなら最後のiに注意を払って丁寧にアルペジオ全体を締めます。そうするとアルペジオ全体が締まった感じになります。やってみて下さい。
 昔どこかのギタ-雑誌で有名クラシックギタリストがトレモロ(pami)は最後のiを丁寧に弾くと上手く行くと書いていましたので、これは大いに通じる面があります。
 もちろん、pを力まず打ち込んで、imaはその勢いに乗せてしまうこと、そして、それが単に肉体的な指の技ではなく、歌心の成せる技であるなら、その時更にpima各指の独立性が養われていることは言うまでもありません。
 アルペジオの名手は皆各指に独立性があるからあそこまで各指が動くのです。それは指の肉体的な鍛錬の賜物ではなく、ある意味指の力を抜いた結果だと言う逆説の真理を今までコルムナして来ました(コルムナ276~)。中々抽象的で掴み難い真理かも知れませんが、指は鍛えないで歌心に乗せて煽てて勝手に動いてもらいましょう。この指が勝手に動くことこそ正に文字通り指の独立性の最適な説明かも知れません。

2008-07-21

328 天罰始まる 22-07-2008(火)

 先週月曜日突如スペイン最大手の建設会社が倒産記者会見。日本的に言えば鹿島建設や大林組が晴天の霹靂でギブアップ宣言したと思えば良い。
 もっとも、必要ないものをどんどん建てて風船の如く膨らんでいただけなのだから、見る目を持っている人には突如でも何でもなく、総て予定の筋書き通りバブル経済に天罰が下っただけの話に過ぎない。政治家も馬鹿ではないからそんなことは良~く分かっていたはず。いや、ニュ-スに拠れば分かっていたどころか、実はこの会社のトップは3月の総選挙の前に既にサパテロ首相に倒産の報告をしていたと言うのだから、投票してもらうためにはまさかこんなことは口が裂けても世間様には発表出来なかった訳だ。
 そして、総て予定の筋書き通り複数の投資銀行は資金回収不能、全国各地で大規模工事が軒並みストップ、関連産業も一蓮托生、大量解雇・・・。
 いよいよ天罰が始まったと言う感じか。政府に拠れば今年来年はきついけど、再来年から景気は回復するとか!? 一般庶民は、そりゃ建築不動産業界だけのことだろとか、まさか回り回って後からボディ-ブロ-の如く自らの頭上に降りかかる火の粉とは思いもよらず、まるで対岸の人事感覚。ま、人間我が身にしみじみ体験しない内は呑気に人事なのは万国共通皆同じなのだが・・・。

 貧しくても誠実に歩む者は富んでいても曲がった道を歩む者に勝る。-----或る昔の偉い人  

 天罰とは摂理に横車を押した当然の反動を正面から食らうことかも知れません。必要ない家や別荘を建て、転売目的で銀行に借金して必要ない不動産を買い、銀行も担保不十分でも貸し渋らず、不動産屋も銀行も買い手も皆で一致団結して首を絞め合う・・・。どこかで聞いた話か!?
 皆働かずに金を得ようとした連中ばかり。株の売買も理屈は同じ。
 天の摂理とは質実剛健(コルムナ323)・・・ではないでしょうか? これを厭えば実より花に心奪われ、花が散れば後に実どころか借金が残るのも摂理です(同320321)。
 摂理には素直に従うか刃向かうかのどちらかです。どちらだったかはその実が証明して余りあることになっているのです。

302 アルペジオにおける右手各指の独立性:補足 22-07-2008(火)

 いくらでも補足出来そうですが・・・。
 アルペジオもスケ-ル同様スタッカ-ト気味に弾くと効果的です。これは先週先々週のクイックモ-ション的な弾き方にも通じます。
 要するに機械的な指の運動的弾き方の人ほどスケ-ル&アルペジオに限らずメリハリのない音になり、歌心に乗って弾く人ほど自然にタッチもメリハリが利いて、無意識の内にスタッカ-ト気味&クイックモ-ション的なタッチになって活きた音が出ていると言えます。
 更に、少なくとも練習の段階ではアルペジオは間延びしない様に2つ、ないし3つに分解してアクセントを付けるとより効果的です。
 例えば、先週までの(1)~(14)で例にも用いたpimaならpi‐maと分解してpとmにアクセントを付けます。もちろん、先週まで散々コルムナして来た様にpを力まず打ち込んで、imaはその勢いに乗せてしまうことは言うまでもありません。
 或いは、pimamiの6連アルペジオならpi‐ma‐miと3分解しても宜しいですし、pim‐amiと2分解しても効果的です。各グル-プの頭にアクセントを置くことは言うまでもありません。
 ただし、力でアクセントを付けるのではなく、何より歌心の勢いとpを力まず打ち込んだ勢いに乗って各指が勝手にアクセントしてくれることが大切です。
 各自各指の独立性を歌心(情緒的基礎)と親指の打ち込み(肉体的基礎)で養ってみて下さい。

2008-07-15

327 スペインで阪神ファン 15-07-2008(火)

 先週大阪から旅行者(男性)が来た。日本語情報センタ-の看板を出している以上そんなことは珍しくも何ともないのだが、スペインにやって来る日本人旅行者は何故か圧倒的に関西人が多い。どことなく抜けている雰囲気が本能的に共感を呼ぶのかも知れない。
 話は先々々週のサッカ-ユ-ロカップ優勝の話題へ(コルムナ323&326)。『さぞかし盛り上がったでしょうね』『器物破損で・・・』『ところで、今年は阪神が偉そうに独走やないですか』『そりゃええんですけど、万年最下位やったあの頃の方が可愛かったですわ』
 と言う余裕があるほど阪神は今年首位独走な訳だが、スペイン人サッカ-ファンなら絶対にこんな会話にはならないだろうと、後からしみじみ思った筆者であった。

 憐れみは裁きに打ち勝つ。-----或る昔の偉い人 
 
 てるてる坊主に願を掛けて雨が降れば迷わず鋏で首をちょん切るか(先週のコルムナ)、出来の悪い息子ほど可愛いのと同じで、何度裏切られても、哀れな奴よと却って憐れみの情を抱くのか。
 そして、憐れみと裁きはどっちが強いのか・・・。てるてる坊主の歌にこれほどの教訓が隠されているとは筆者も思いませんでしたね。

301 これが分かればギタ-人生が変わる!? 指遊びでpを踏み込む感触はアルペジオ(14) 15-07-2008(火)

 さて、このところのコルムナのまとめです(1~13)。
 先週の①~⑥はいわば肉体的な運動としてのまとめ。音楽ですから、最後はやはりここに歌心が加味されなければ何の意味もありません。
 いえ、加味ではなく、どんな楽器の演奏も歌心こそベ-ス味であるべきです。この目に見えないベ-ス味がまずければ目に見える食材は、それ自体どんなに優れた食材(様々な指のテクニック)も活かされず、料理も美味く仕上がる訳がありません。それでは今回の場合、今までコルムナして来たこと(1~13)に歌心をベース味として加味してアルペジオが美味くなるにはどうしたらいいのでしょう?
 簡単です。難しく考えることはありません。今まで散々アルペジオはimaではなく、親指自体の力は抜いた親指の打ち込みだとコルムナして来たのですから、歌心で親指を打ち込めばいいのです。
 歌心で歌いながら、親指だけに歌心の神経を集中してアルペジオ(トレモロ)してみましょう。歌心に乗れば乗るほど、親指は勝手にクイックモ-ション的になって(先週のコルムナ)、力まずに、遠心力的に、今までコルムナして来た通り、しかも、無意識の内にそう言う打ち込み方になってくれるはずです。
 無意識に親指に①~⑥の様に勝手に打ち込んでもらうコツは奏者が歌心に乗って親指を忘れてしまうことです。そうすれば、imaは勝手に回って勝手にアルペジオしてくれます。
 肉体的にはimaは親指を打ち込んだ勢いに乗せますが、その親指は歌心の勢いに乗せて、imaもついでに乗せてしまうのがアルペジオ&トレモロの秘訣、imaの独立性の秘訣です。上手い人は自ら意識していないだけで皆こうなっているものです。
 昔からの読者はご存知かと思いますが、スペインギタ-週間コルムナでは便宜上ギタ-演奏の基礎を肉体的基礎と情緒的基礎の二つに分けてコルムナしています。もちろん、重要度は後者であり、歌心こそより基礎であることを再確認して下さい。
 ただ、そうか歌心かと言ってかしこまってはいけません。かしこまると歌心にサイドブレ-キを掛けてしまいます。遊び心で快適ドライブと行きましょう。

2008-07-07

326 栄えあるスペインの新興宗教 08-07-2008(火)

 ご存知の様に先々週サッカ-ユ-ロカップ(欧州選手権)は40何年か振りにスペインが優勝。決勝の試合中街は人も車もまばらとなる現象がスペイン中で起きた。ワ-ルドカップでもオリンピックでも大体ベスト8止まりが多いので、国中がこの快挙に挙国一致体制で沸き返ったことは言うまでもない。
 ところで、筆者はスペインの新興宗教はカトリックとサッカ-だと常々思っている。新興宗教だから教祖様を祭り上げ、金に糸目は付けないどころか何でもやる。とか考えていると、筆者が昔読んだ、ある人の書いた宗教とは何かと言う短いが端的なコメントが思い出されて来た。
 それはご存知てるてる坊主の歌に良く表れていると言う。無邪気にも『てるてる坊主てる坊主~、あ~した天気にしておくれ~♪』と願を掛けた本人が、どうしても願いを聞いてもらおうと『晴れねばそなたの首をちょん切るぞ~♪』と三番の歌詞で鋏をチラつかせて脅迫する!? 結局神が神ではなく、自らの欲望こそが神であり、ご利益がなければあっさり切り捨てられる。
 今回の様に願いがかなえば監督も選手も『ビバ~』と褒めちぎられ英雄扱い。しかし、願いを聞いてくれなければ『帰れ!!』コ-ルに『ボケ、かす、あほんだら!!』と国賊扱い。なるほど、そっくりだ。
 勝ったから良かった様なものだが、嬉しさの余り試合終了後信者達はスペイン中で街に繰り出し器物破損で大祝賀会。器物破損大会がお祝いだと心から思っている人種がこの世には存在するのだ。機動隊も出動して明け方までイタチごっこ。なるほど新興宗教で頭がイカれているので破壊行為はむしろその習性なのだが、マインドコントロ-ル故に罪の自覚はない。従って、後始末は総て各市役所の懐から皆の税金で賄って祝勝会もやっとお開き・・・。

 愚か者が口にする箴言は酔った人が手にして振り上げるいばらの様だ。-----或る昔の偉い人  

 そして、山河有り。一週間後、サッカ-はオフシ-ズンに入ったこともありますが、信者達は二日酔いから醒めた泥酔者の如く茫然自失。巷でもニュ-スでももう話題とはなり得ません。それはもう教祖の過去の栄光なのです。
 ヨ-ロッパのプロスポ-ツを見ていつも思うことなのですが、良く言えば実力至上主義、悪く言えば競技の得点や成績が総てで人間性度外視です。それはあたかも売れば優秀な社員で、売れなきゃリストラ予備軍の如く、一般社会も数字だけで勝ち組負け組みに振り分けられるシステムになっているのと同じです。
 しかし、数字が総てで敗者への一片の思いやりもない社会だからこそ殺伐とします。今から始まる夏の甲子園の様に、敗者への思いやりこそ、実はスポ-ツの本質であり、この精神が社会でも生かされれば、まさか急に路上で刃物を振るったりする気違いの温床もまた根絶されるはずです。数字は記録、思いやりは記憶です。
 ただし、一生懸命やった敗者こそ賛辞を受けるべきであり、頑張ることを厭う人間が負け組みになるのもまた必然です。
 さて、本来このコルムナは先週書くのがタイムリ-だったのでしょうが、筆者は故意に一週間遅らせてみました。どんな歴史的快挙も、人間味がなければやはり感動は一過性で続きません。  

300 これが分かればギタ-人生が変わる!? 指遊びでpを踏み込む感触はアルペジオ(13) 08-07-2008(火)

 約3cm助走を付けたモ-ションから親指を力を抜いて打ち込んでゆっくりアルペジオ&トレモロを弾いてみましたか(先週のコルムナ)? 今週はこれを順次速くして行きましょう。
 速く弾けば当然助走の余裕がなくなりますし、今まで遠心力で回せと言っていた腕の軸も回っている時間的余裕がないことに気付きます。それではもう助走も親指を腕の軸の回転による遠心力を利用して力まず打ち込むことも出来ないのでしょうか?
 確かに実際の曲の速さでアルペジオ&トレモロを弾けば、腕の回転も親指の助走もない訳ですから、これではこのコルムナ(288~)を書き始める前と外見のフォ-ムは何も変わっていない様に見えますが、例え速く弾くことによってもう腕の軸を回転させて親指に助走を付けている時間はなくとも、以下の先週までの感触を生かせば、imaはもう以前の様に読者が苦労して動かすのではなく、勝手に回ってアルペジオ&トレモロしてくれているはずです。つまり・・・。
 腕の軸をぶらさず
 腕の軸の回転に拠る遠心力で
 親指自体の力は使わず
 親指を力を抜いてアポヤンドで打ち込み
 親指を打ち込んだことによって手腕の軸が更に安定し
 imaは親指を打ち込んだ勢いに乗って勝手にアルペジオ&トレモロしてくれる
 速いアルペジオ&トレモロで親指の助走を付けれない実践の時も、先週まで養った以上①~⑥の感触を保って弾いてみましょう。また、これがこのところのコルムナの目的、アルペジオにおけるimaの独立性の養い方でもあります(同276~287)。
 親指は助走無しでも①~⑥の感触を保ってクイックモ-ションで打ち込めば更に効果があります。