第三世界は何故第三世界なのか? 先週の様に暑い国だからとか、すぐ人のせいにしてアメリカが搾取しているからだとか、素人から社会学者まで様々な見解があるでしょう。そして、それはある程度当っていると思います。例えば、筆者はモロッコで30年前のベンツの中古車が相当数走っているのを見ました。アメリカ軍の払い下げのスペイン軍のトラックみたいなものです。おとといの新聞で政府は早くも9月から税金の値上げを発表し、先制のジャブで世論を牽制。理由は他のヨーロッパ諸国はもっと税金高い!? もっと払い下げのおこぼれが欲しいところですが、今回はアメリカも大不況。みんな揃って第三世界か!?
しかし、スペイン週間コルムナは上っ面の原因ではなく、奥に潜む原因に迫ります。何事も原因には上っ面と奥底の2種類あると思っても損はしません。目に見えるボウフラと見えない汚泥みたいなものです。
それは第三世界ほど宗教的国家が多いと言う構図です。第三世界ほど、或いは南北問題の南の貧しい国々や地域ほど宗教が庶民の生活の隅々まで浸透し、その祭りは観光資源になるほど盛大な場合が多いです。
宗教とは何でしょう? 15年ほど前に読んだある本に面白い説明がありました。それはテルテル坊主の3番の歌詞が良く表しているそうです。
てるてる坊主~てる坊主~♪ 明日天気にしておくれ それでも曇って泣いてたら そなたの首をチョンと切るぞ
なるほど、あれくれこれくれと都合のいいことばかり願を賭け、願いを聞いてくれなきゃぶち殺す!?
彼らは虚しいものに付き従ったので、彼らもまた虚しくなった。-----或る昔の偉い人
つまり、宗教とは身勝手な人間様が自らの身勝手な欲望を押し付けるために発明した、実際は存在しない神々だと言う訳です。だとすれば仮にも神をも利用する人間様が他人を利用しない訳がありません。ここに宗教的国民なら敬虔で真面目なはずだと言う日本人の固定概念に反して、何故第三世界が第三世界かと言う根本原因があります。国民の多くの性根が宗教で曇って神をも人をも平然と利用する第三世界根性だから、国家社会まで第三世界になってしまうのです。決して社会体制や政治の問題ではありません。人間性の、この場合は宗教で曇った人間性の問題です。
それにしても、何でも神様にやらせといて、他人を上手く利用して、自分は左団扇で何もしないのが一番楽・・・と思い込むまで人間は堕落するものなのでしょうか?
このイスラム圏のなまぐさ太郎をみればそう言うことになります。ところが、さすがはなまぐさ太郎だけあって手を動かすのは億劫ですが、口は大いに裁ちます。どれほど裁つか来週見てみましょう。
2010-08-16
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